このたび、とても光栄なことにリアルサウンドテックの連載記事
「堀江晶太が見通す『VRChat』の世界」の第4回の鼎談に、わたしも参加させていただきました。
【前編】「堀江晶太×ヤマハSYNCROOM開発者×Emnyecaが語り合う、インターネットを介した音楽セッションの歴史」
【後編】「堀江晶太が有識者と語り尽くす、VR空間と音楽の交差によって生まれる“化学反応”」
この鼎談を一言でまとめると、かつてインターネットの片隅で芽生えた音楽が、技術の進化と新しい場所でどのように文化に結実したかという大きな話を、堀江さん、ヤマハさん、わたしがそれぞれの体験やエピソードをもとにお話しています。
鼎談内容の懐はとても広くて、音楽好きの方にはいろんな角度から楽しめる内容となっています。参加したわたしも、読み返していろいろな学びや発見があるのですが、今回はわたしなりの切り口―なぜアムニェカは「怖くないジャズシーン」をVRで作るのか―でこの鼎談を振り返ってみようと思います!
ジャズは「高貴なもの」ではなく、コミュニケーションであってほしい
やっぱりこれは、わたしの音楽活動や経験を通じて、ジャズという音楽文化へのある種のカウンターとしてわたしの中で一番大切に考えていることだと思いました。
鼎談の中では、ジャズセッションの中でオケヒ(オーケストラ・ヒット)を鳴らして演者と笑い合ったという堀江晶太さんのエピソードはおもしろかったです。
ジャズっていう形式やお作法を超えて、熱意とか遊び心とか、他にもいろんなものを音楽を通して人と共有してつながり合う。わたしにとっては、そんな理想な音楽のあり方のひとつを示す事例かなと思います。
想像するだけで笑えるのずるい。ぜひいつかEMN Jamにオケヒ担当として堀江さんに参加してほしいですね!笑
「そんな装備で大丈夫?」
鼎談では、「自分はレベル1なのに、まわりはレベル100くらいの猛者ばかりに見える」というたとえ話をしました。
自由度の高い音楽だからこそ、まわりからの目線が自分の価値や評価に直結してしまいやすい。それがジャズセッションの怖さの根本だったりします。
ジャズが競技であればそれは妥当な環境とも言えますけど、わたしにとってのジャズはそうじゃない。だからこそ、入口で立ち止まらずに一緒にセッションしてつながりたい。「そんな装備で大丈夫?」ではなく「今の私たちなら、いっしょにあそこで冒険したら楽しそうです♪」っていう場を、わたしは作りたいんだなぁっていうのを再確認できました!
VRでSYNCROOMを使ってセッションすることの意味
鼎談の中でわたしもたくさんお話しましたし、堀江さんやヤマハさんのお話にもたくさんのヒントがありました。ぜひ、記事を読んで一緒に考えてみていただけたら嬉しいです。
わたしがちょっとかっこつけた言い方で一言で表現するなら、それは
「身体的な共有感覚と心理的な安全感覚が、今までにない形で共存するジャズセッションの場になる」からかなって思います。
これからの10年でAIが世の中の音楽の大部分を担うことになっても、「人が自分自身で音を鳴らしたり作る喜び」に価値がある限り、わたしが今みんなと作っているこの場所は、きっと残っていきます。
さいごに
毎月第二・第四土曜日にわたしが主催しているEMN Jamは、今後も途切れさせずに続けていく予定です。最近は音楽イベントやバーチャルでのセッションイベントも増えていますので、ご関心をお持ちの方には、まずはぜひ参加してみてほしいです。
遠隔セッションが初めての方には機材や技術的なハードルも低くないですが、EMN RecordsはDiscordサーバーもオープン化したので、その中で相談なんかもしてもらえたら嬉しいです✨




